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ウイグル人強制労働問題を考える―中国と人権と投資行動(水口教授のESG通信)

「ウイグル人の強制労働と決別せよ」

2020年7月23日、NGOの連合が世界中の企業にこう呼びかけた。この声明を出したのは「ウイグル地域での強制労働廃絶のための連合(Coalition to End Forced Labour in the Uighur Region)」。世界の100以上のNGOと労働組合に加え、72のウイグル人権組織が参加する連合体である。彼らは、中国の新彊ウイグル自治区での人権問題を正面から指摘し、行動を呼びかけた。日本の企業と機関投資家は、これにどう応えるのか。いや、問題はそれだけにとどまらないだろう。今後、中国という国とどう付き合うのか。ウイグルの問題を切り口にして、中国と人権と投資行動という難しい問題を考えてみることにしたい。

1.ウイグル地区で何が起きているのか

中国は多民族国家である。人口の9割以上は漢民族と言われるが、残りは満州族、モンゴル族、回族、チベット族、朝鮮族など、中国政府が認めるだけでも55の少数民族があるとされる。ウイグル族も少数民族の1つで、イスラム教徒であり、多くは中国の西の果て、いわゆる「西域」の新彊ウイグル自治区に住んでいる。

その新彊ウイグル自治区で、ウイグル人が100万人規模で拘束されているとの疑惑が最初に報じられたのは2017年だった。2018年9月には国際的人権NGOのアムネスティ・インターナショナルが『中国:彼らはどこに? - 新彊ウイグル自治区での大量拘束について答えるべきとき(China: Where are they? – Time for answers about mass detentions in the Xinjiang Uighur Autonomous Region)』と題した報告書を公表した。アムネスティは4カ国にまたがる100人以上の人から、新彊ウイグル自治区内の親戚や友人と連絡が取れないとの訴えを聞いたという。彼らは拘束されているのではないかというのである。さらに、実際に「再教育」キャンプに収容された者の証言も報告書に掲載された。それによるとこのキャンプでは、政治的な歌を歌うことや、19世紀の共産党大会のスピーチを学習することが強要され、毎晩、政府のラジオニュースを聞かされるといった思想教育が行われていたという(1)。

中国政府は施設があることを否定していたが、2018年10月にその存在を認め、それは過激思想を防止し、技能を身につけるための職業訓練センターであるとして、海外メディアに公開した。公開されたのは、よく管理された表面的な姿だけだが、実際に拘束された経験者らの証言が徐々に出てきたことで、その実態が明らかになってきた(2)。

2020年2月にはオーストラリアの非営利のシンクタンクであるオーストラリア戦略政策研究所(Australian Strategic Policy Institute: ASPI)が『ウイグル人売り出し中 - 新彊を越えた再教育・強制労働・監視(Uyghurs for Sale – ‘Re-education’, forced labour and surveillance beyond Xinjiang)』と題した報告書を公表し、中国の「再教育」が次の段階に来たと報じた(3)。訓練施設を「卒業」したウイグル人たちが、新彊地区の工場に加え、新彊を離れた中国各地の工場に送られ、強制労働が強く疑われる状況で働かされているというのである。

ASPIの報告書によれば、2017年から2019年の間に少なくとも8万人以上のウイグル人が新彊地区以外の工場に送られたとされる。彼らは故郷を遠く離れた工場で、隔離された宿舎に住み、労働時間以外に組織的な中国語教育とイデオロギー訓練を施され、継続的な監視の下で、宗教的な行事への参加も禁止されているという。報告書はこれを「国家主導による労働移転スキームの下でのウイグル人強制労働」であるとし、それは世界のサプライチェーンを汚染していると指摘している。

具体的には、ASPIは中国の9つの省にある27の工場で、新彊地区から送られたウイグル人労働者が使われていることを確認したという。報告書はそのうち3つのケーススタディを掲載している。そしてサプライチェーンがそれらの工場と関わるグローバル企業83社の企業名を掲載した(下記、表1参照)。

たとえば最初のケーススタディは、中国東部の山東省の青島にあるスポーツシューズ工場を取り上げている。主な供給先はナイキである。2020年1月には600人、2007年以降の累計では9,800人のウイグル人労働者が新彊地区から送られたという。彼らは、昼間はナイキの靴を作り、終業後の夕方には中国語を習ったり、中国を賛美する歌を歌ったり、愛国教育を受けたりする。そのカリキュラムは、新彊での再教育キャンプをほぼ再現したものだという。

ナイキをはじめ、報告書で名前を挙げられた企業の多くは、人権に関する自社の方針を持ち、サプライチェーンにおける児童労働や強制労働には注意を払ってきただろう。だが、サプライチェーンが中国に及ぶとき、信頼に足る人権デューデリジェンスは可能だろうか。次に、そう指摘するNGOらの呼びかけに耳を傾けてみよう。

2.NGO連合からの提言

冒頭に記した通り、2020年7月に「ウイグル地域での強制労働廃絶のための連合」が企業に行動を呼びかける提言を公表した。特に焦点を当てているのは、アパレル産業及びアパレルに関わる小売業である。5ページにわたる彼らの提言書によれば、ウイグル地域は中国産の綿の80%以上を産出し、紡績や服飾工場も集中している。ウイグル産の綿や糸でできた生地は世界中のアパレル工場で使われている。したがって大手のアパレルブランドや綿製品を販売する小売業者のほとんどは、潜在的にウイグル人の人権侵害に関わる可能性があるというのである。そして、プレスリリースの中で、信頼のおける調査で名前のあがった企業として表2に示す企業を示している。

おそらく、これらの企業の多くはこう答えるだろう。当社は強制労働などの人権侵害には関わらないとの基本方針を策定している。サプライヤーに対しても当社の人権方針やガイドラインを遵守するよう要請している、と。いまどきこのクラスの企業で、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」を知らない企業は少なかろう。だが、提言の執筆者たちは、その答えでは納得しないようにみえる。提言はおおよそ次のように指摘しているからである。

ウイグル地域において、「ビジネスと人権に関する指導原則」にしたがって操業することは、実務上、不可能である。ウイグル地域におけるどんな工場でも、強制労働と無縁であることを証明する有効な方法はないし、人権デューデリジェンスを通じてそれらの工場での強制労働の利用を防止する有効な方法も存在しない。従業員へのインタビューは、本来、人権調査のための基本的な方法だが、ウイグル人が置かれた状況では、信頼に足る情報を得ることはできない。工場監査に対して強制労働やその他の人権問題について率直に話せる労働者など一人もいない。それは、彼ら自身や彼らの家族を、残忍な報復を受けるリスクにさらすことになるからである。その地域では広範囲にわたる基本的な自由と人権擁護者に対する抑圧や制約があり、市民的な空間は閉ざされてきた。したがって買い手は、ウイグル地域で生産されたあらゆる商品は強制労働に関わっているリスクが高いという前提で行動する必要がある。

このような認識から必然的に導かれる結論とは何か。それは、関係の遮断である。提言は次のように続けている。企業が政府によるウイグル人抑圧に意図せずに加担してしまうことを避ける唯一の方法は、サプライチェーンをウイグル地域から完全に切り離すことだ。さらに、企業はウイグル地域から強制的に移転させられた労働者が働くどの地域の工場であろうと、強制労働の利用は防がなければならない。そのための方法には関係を終わらせることも含まれる。

この提言は欧米の多くのメディアが取り上げた。その1つ、イギリスのスカイニュースのインタビューに答えて、ウイグル世界会議のプロジェクトディレクターで、イギリス在住のラヒーマ・マフムット(Rahima Mahmut)氏は、次のように述べている。「西側世界に住む私たちは、それらの商品を買うときに、サプライチェーンが強制労働に加担している企業を許していることになります。それは間違いです。これを止めることのできる国にいるのですから、私たちは何かをすべきです。(強制労働による商品が売れるような)市場がなくなれば、ものごとは変わるはずです」。

さて、この訴えに企業と機関投資家はどう応えたらよいのだろうか。

3.State Capitalismと向き合うとき

中国にも言い分はあるだろう。たとえばウイグル地域では過去暴動が起きた。過激主義を抑えるための施策や教育は必要だ。西側諸国もIS(イスラム国)と闘ったではないか。そういう主張は考えられる。

だがアムネスティ・インターナショナルやASPIのレポートは、これが一部の過激なイスラム教原理主義との闘いではなく、はるかに大規模な、少数民族に対する支配の強化と思想教育であり、重大な人権問題であることを示唆する。

もちろん人権問題自体は多くの国に存在する。たとえばアメリカでも、2020年5月にミネソタ州で黒人のジョージ・フロイド氏が警官に首を押さえつけられて亡くなったことから、Black Lives Matterの運動が全米で拡大した。しかし、ウイグルの問題は、それとは質が異なるのではないか。NGOのレポートや体験者の証言として報じられる内容が真実ならば、政府による組織的な人権抑圧だからである。

問題は、たとえそうだとしても企業や投資家が何かすべきなのか、ということである。「これは政治的な問題だ」という意見はあるだろう。相手国の政府が関与している以上、民間の企業や投資家が口をはさむことではないのではないか。そう思う人がいても不思議はない。

この点で参考になるのは、南アフリカのかつてのアパルトヘイト政策に対する社会的責任投資(SRI)の行動である。周知のとおり、アパルトヘイトと呼ばれる人種隔離政策は当時の南アフリカ政府による公式の政策であったが、1970年代からアメリカのSRIは批判を強め、1980年代には南アフリカで事業展開する企業からのダイベストメントが本格化した。西側諸国の経済制裁の影響もあって、南アフリカ政府は投獄されていたネルソン・マンデラ氏を1990年に釈放し、1994年の総選挙によるマンデラ大統領誕生とアパルトヘイト終結につながったのである。つまり、一国の政府による人権侵害に対して投資家が声をあげた事例は過去にもある。

もっとも日本にとっての中国は、当時のアメリカにとっての南アフリカとは違う。巨大な市場を擁する世界第二位の経済大国であり、現に多くの日本企業が進出している。彼らは現地で苦労しながら、地盤を築く努力をしていることだろう。しかも離れることのできない隣国であり、強力な軍事力もある。両国間に過度な緊張を生まない知恵と慎重な対応が必要だという意見を否定しない。政治的に難しい時期にも民間の交流を絶やさず、長年関係を築いてきた先人の努力にも敬意を表したい。

だがそれは、沈黙してよい、ということにはならないのではないか。

おそらく問題は、今回のウイグル人強制労働問題にとどまらないだろう。本稿執筆時点ではその帰趨を見通すことはできないが、2020年6月30日に成立した香港国家安全維持法を巡ってイギリスをはじめとする欧米諸国は中国との対立を深めている。人権NGOも批判を強め始めた(4)。他方で中国は、ますます監視社会の様相を呈している。

そのような中、民間同士が建設的な関係を維持しつつ、必要なら耳の痛いことも言う「真の友人」として振舞うことができるか、企業と投資家のスタンスが問われよう。

世界経済フォーラムを主催するクラウス・シュワブ(Klaus Schwab)氏は、2019年12月にダボスマニフェストを提唱した際、目指すべき資本主義の姿として、株主資本主義でも国家資本主義でもない第三の道、すなわちステークホルダー資本主義を掲げた(5)。今、先進的な企業や投資家の多くがステークホルダー資本主義への共感を示している。

だが、株主資本主義と決別するだけでは十分ではない。新たに立ち現れてきた国家資本主義とどう向き合うのか、私たちは歴史に試されていると言ってよいのではないだろうか。(QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛)

(注)

1 Amnesty International(2018), China: Where are they? – Time for answers about mass detentions in the Xinjiang Uighur Autonomous Region, p.15, Kairat氏の証言。

2 たとえばカザフスタン国籍のオムル・ベカリ氏がアムネスティ・インターナショナルの招きで2018年12月に来日し、施設での様子を語った。同氏は2017年3月から8か月間拘束されたが、カザフスタン政府の関与で解放されたという。施設での思想教育の様子や鎖でつながれた生活については、FNNオンライン「8カ月鎖で縛られ続けた日々 中国“ウイグル強制収容所” 奇跡の生還者が衝撃の証言」に詳しい。

3 本報告書については、本稿執筆時点では2020年2月発行版が掲載されていたが、その後、3月発行版に差し替えられている。また、サプライチェーンが関わる企業数は当初の報告書では83社とされていたが、その後対策が確認された企業はリストから除かれているため、時間とともに企業数は減っていく可能性がある。

4 香港国家安全維持法が成立した翌日、2020年7月1日には同法に基づく最初の逮捕者が出た。中には「香港独立」と書かれた旗を持っていただけで逮捕された者もいると報じられた。アムネスティ・インターナショナルは2020年7月17日、Webサイトに「香港国家安全維持法:知っておくべき10の事柄」と題した記事を掲載し、同法が恣意的に運用され、人権抑圧につながることを批判している。

5 World Economic Forum (Dec. 1, 2019), ‘Why we need the ‘Davos Manifesto’ for a better kind of capitalism’

表1 サプライチェーンがウイグル人強制労働に関わると指摘された83社

Abercrombie & Fitch, Acer, Adidas,   Alstom, Amazon, Apple, ASUS, BAIC Motor, BMW, Bombardier, Bosch, BYD, Calvin   Klein, Candy, Carter’s, Cerruti 1881, Changan Automobile, Cisco, CRRC, Dell,   Electrolux, Fila, Founder Group, GAC Group (automobiles), Gap, Geely Auto,   General Electric, General Motors, Google, H&M, Haier, Hart Schaffner   Marx, Hisense, Hitachi, HP, HTC, Huawei, iFlyTek, Jack & Jones, Jaguar,   Japan Display Inc., L.L.Bean, Lacoste, Land Rover, Lenovo, LG, Li-Ning,   Mayor, Meizu, Mercedes-Benz, MG, Microsoft, Mitsubishi, Mitsumi, Nike,   Nintendo, Nokia, The North Face, Oculus, Oppo, Panasonic, Polo Ralph Lauren,   Puma, Roewe, SAIC Motor, Samsung, SGMW, Sharp, Siemens, Skechers, Sony, TDK,   Tommy Hilfiger, Toshiba, Tsinghua Tongfang, Uniqlo, Victoria’s Secret, Vivo,   Volkswagen, Xiaomi, Zara, Zegna, ZTE

出所:ASPI(2020), Uyghurs for Sale – ‘Re-education’, forced labour and surveillance beyond Xinjiang, p.5

表2 「ウイグル地域での強制労働廃絶のための連合」が2020年7月23日のプレスリリースで名前をあげた企業

Abercrombie & Fitch, adidas, Amazon,   Badger Sport (Founder Sport Group), C&A (Cofra Holding AG), Calvin Klein   (PVH), Carter’s, Cerruti 1881 (Trinity Limited), Costco, Cotton On,   Dangerfield (Factory X Pty Ltd), Esprit (Esprit Holdings Ltd.), Fila (FILA   KOREA Ltd), Gap, H&M, Hart Schaffner Marx (Authentic Brands Group), Ikea   (Inter IKEA Systems B.V.), Jack & Jones (Bestseller), Jeanswest (Harbour   Guidance Pty Ltd), L.L.Bean, Lacoste (Maus Freres), Li-Ning, Marks &   Spencer, Mayor, Muji (Ryohin Keikaku Co., Ltd.), Nike, Patagonia, Polo Ralph   Lauren (Ralph Lauren Corporation), Puma, Skechers, Summit Resource   International (Caterpillar), Target Australia (Wesfarmers), Tommy Hilfiger   (PVH), Uniqlo (Fast Retailing), Victoria’s Secret (L Brands), Woolworths   (Woolworth Corporation, LLC.), Zara (Inditex), Zegna

出所:Press Release: 180+ Orgs Demand Apparel Brands End Complicity in Uyghur Forced Labour

水口 剛(みずぐち たけし):高崎経済大学 副学長 経済学部教授、QUICK ESG研究所 特別研究員
1984年筑波大学卒業。博士(経営学:明治大学)。商社、監査法人等の勤務を経て、97年高崎経済大学経済学部講師2008年より教授、17年より副学長。専門は責任投資、非財務情報開示。環境省・グリーンボンドに関する検討会座長、ESG金融懇談会委員等を歴任。2020年からESG金融ハイレベルパネルが設置したインパクト投資タスクフォースの座長を務める。  主な著書に『ESG投資-新しい資本主義のかたち』(日本経済新聞出版社)、 『責任ある投資-資金の流れで未来を変える』(岩波書店)、 『サステナブルファイナンスの時代-ESG/SDGsと債券市場』(金融財政事情 研究会)など。

<金融用語>

ESG投資とは

SRI(社会的責任投資)とCSR(企業の社会的責任)を発展的に統合した考え方。頭文字はE(環境、Environment)、S(社会、Social)、G(企業統治・ガバナンス、Governance)をそれぞれ意味する。世界が貧富の格差問題、ボーダーレス化する地球環境問題や企業経営のグローバル化に伴う様々な課題に直面する中で、企業への投資は、短期的ではなく長期的な収益向上の観点とともに、持続可能となるような国際社会づくりに貢献するESGの視点を重視して行うのが望ましいとの見解を国連が提唱した。その結果、ESGの視点で投資を行う金融機関が欧米を中心に広がっている。

著者名

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛

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