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欧州グリーンディールの本気度(水口教授のESG通信)

今、欧州委員会の動きが急だ。2020年3月に欧州気候法を提案したかと思うと、立て続けにサーキュラーエコノミーアクションプランや生物多様性戦略を公表し、7月には水素戦略が出た。いずれも「欧州グリーンディール」を具体化する動きである。以前このコラムでEUタクソノミーの動向を取り上げた際、その背景にあるサステナブル金融の制度化の動きに注目したが、サステナブル金融自体もより大きなビジョンの一部と言えるのではないか。きっとそのような全体の枠組みがあってはじめてタクソノミーも機能するのだろう。タクソノミーだけに注目していたのでは見えてこないEUのビジョンの全体像に目を向けてみよう。

1.木を見て森を見る

「木を見て森を見ず」は細部にとらわれて全体像が見えないことのたとえだが、欧州に関わる企業なら、当然、自社に直接関わる政策を詳しくフォローすることだろう。つまりまず「木」を見る。ここでは、それら1本1本の木を順に見ていくことで、全体としての「森」の姿をイメージすることを試みたい。

まず欧州グリーンディールの起点となったのが、2019年12月1日、ウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)氏の欧州委員会委員長への就任である。初の女性の委員長として、2024年までの5年間、欧州委員会を率いることになる。同氏は就任に先立って『より多くの人のための連合:欧州のためのアジェンダ(A Union that strives for more: My agenda for Europe)』と題した公約を公表し、その中で政策ガイドライン(Political Guidelines)として以下の6つを掲げた。これが現在の欧州委員会の優先課題となっている。欧州グリーンディールはその筆頭である。

ü  欧州グリーンディール(A European Green Deal)

ü  人々のための経済(An economy that works for people)

ü  デジタル時代にふさわしい欧州(A Europe fit for the digital age)

ü  欧州的生き方を推進する(Protecting our European way of life)

ü  国際社会でより強い欧州となる(A stronger Europe in the world)

ü  欧州の民主主義をさらに推進する(A new push for European democracy)

出所:欧州委員会ウェブサイトより抜粋。なお日本語訳は駐日欧州連合代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」に掲載されたものを用いた。

これを受けて、直後の2019年12月11日には欧州委員会が「欧州グリーンディール」と題した政策文書を公表した。その冒頭、欧州グリーンディールとは、気候と環境の課題に取り組む欧州委員会のコミットメントの再設定であり、新たな成長戦略だと述べている。その目的は、経済成長と資源利用が切り離され、2050年には温室効果ガスの排出をネットゼロとするような資源効率的で競争力のある経済と、公正で繁栄した社会へとEUを転換することだという。その後の本文で、目的を実現するための具体的な施策のロードマップが示されており、それに沿って、その後、実際に次々と戦略やアクションプランを打ち出し始めたのである。

その第一弾は、2020年1月14日の「欧州グリーンディール投資計画(The European Green Deal Investment Plan)」の公表であった。欧州グリーンディールの目標実現のために、EUの予算に加え、欧州投資銀行(EIB)からの投資等も加えて、今後10年間で少なくとも1兆ユーロ(約130兆円、1ユーロ130円で換算。以下同じ)の資金を動員するという計画である。同時に、その一環として「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」も示された。「誰一人取り残さない(no one left behind)」という理念の下、移行によって最も影響を受ける地域に的を絞って、2021年から2027年の間に少なくとも1000億ユーロ(約13兆円)の支援をする計画である。炭素集約度が高く化石燃料に深く依存する産業や地域の人々に新たな産業セクターでの雇用やスキル教育を提供するとしている。

その後、3月4日には、欧州議会と欧州連合理事会に対して「欧州気候法(European Climate Law)」と題したEU規則案を提出した。EUはすでに2050年までに温室効果ガスの排出をネットゼロにすることを公約していたが、それを法的な拘束力のある目標として位置づけるものである。法制化によって企業と投資家にとっては将来の確実性が高まり、ビジネスや投資がしやすくなる。

続く3月10日にはグリーンディールに基づく「新産業戦略」が公表された。目的は、気候中立的で、かつデジタル化で先行するという「双子の移行(twin transition)」を欧州産業界がリードすることである。そのために、イノベーションを生む投資を促進し、労働者が新たなスキルを身に付け、新たな製品サービスやビジネスモデルと新たな雇用を生むための包括的な産業政策の方向が示されている。同時に数多くの中小企業を支援するための「中小企業戦略」も公表した。能力開発を通じて中小企業のサステナビリティとデジタル化を支援すること、規制を減らして市場アクセスを改善すること、資金調達をしやすくすることを3つの柱とし、最終的には欧州を、スモールビジネスを始めるのに最も魅力的な場所にすることが目的だとしている。

さらに3月11日に「新サーキュラーエコノミーアクションプラン」、3月20日には「生物多様性戦略」と「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」を相次いで公表した。サーキュラーエコノミーについては2015年に最初のアクションプランが策定されているが、今回はそれを踏まえて、新たなアクションプランがグリーンディールの中核に位置付けられた。温室効果ガス排出の半分と生物多様性の喪失の90%以上は資源の採取と加工に起因するとして、地球から奪う以上に地球に返す「再生経済」への移行を加速するという。デジタル技術を活用したシェア経済などのモデルによって経済の非物質化(dematerialization)が進むとも述べている。

生物多様性戦略では、今回のCOVID19のパンデミックが、人の健康さえ生態系の破壊の影響を受けることを明らかにしたと指摘。生物多様性の保護は直接的な経済的メリットを生むし、食料安全保障にも関わると言い、湿地の保護や海岸線の保護、植林などは気候変動対策でもあるとして、2030年までには欧州の生物多様性を回復軌道に乗せるとの目標を示した。

これと対になるのが「農場から食卓まで戦略」である。食料の生産から流通、消費に至るサプライチェーン全体で生態系を守り、気候変動の緩和と適応に貢献するサステナブルな食料システムを目指すという。そして農薬の使用を50%削減する、畜産及び養殖向けの抗生物質の販売を50%削減する、2030年までに農地の25%を有機栽培にするなどの目標を掲げている。

5月27日には、欧州委員会として金融市場から7500億ユーロを調達する「次世代EU(Next Generation EU)」と題した資金計画を含む、包括的な復興プランを公表した。次いで7月8日には「エネルギーシステム統合戦略」と「水素戦略」という2つの戦略を公表した。前者は建物、輸送、工場、再生エネルギー発電などのさまざまなエネルギーの消費と生産を相互に結び付けて、効率的に運営する社会システムを構築するという構想である。後者は、その中で工場や輸送の脱炭素化を支える水素に関する戦略である。短期的には化石燃料由来の水素を利用しつつ、中長期的に再生エネルギーによる水素生産へとシフトしていく道筋が示されている。

欧州が温室効果ガスの排出削減について野心的な取り組みをしても、他の国や地域が同じ目標を共有しない限り、炭素リーケージが起きる可能性がある。生産活動が域外に移転したり、欧州製品が炭素制約の緩い他国の製品に置き換わったりすることで、地球全体での排出量が減らないという現象である。グリーンディールでは当初からこの点を懸念し、「炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism)」を提案すると記されていた。これを受けて7月22日には欧州委員会が、いわゆる国境炭素税やEU排出量取引制度(EU-ETS)の活用などいくつかの方法を示した素案を公表し、コメントの受け付けを始めた。

2.3つの競争―EUの動きをどう見るか

ここまで読んできて、どんな印象を受けただろうか。彼らの「やる気」を感じないだろうか。もしEUタクソノミーに関心があるなら、それはサステナブル金融の推進という大きな枠組みの一部として理解する必要がある。だが、そのサステナブル金融という構想も、このように欧州全体を気候中立的で循環型の社会に転換するという、より大きなビジョンがあることではじめて現実味を持つと言えるのではないか。

EUタクソノミーの議論は欧州グリーンディールより前に始まっているのだが、見事にその一環に収まっている。それは、欧州委員会の基本的な方向性がぶれずに継承されているということなのだろう。

いやいや、日本だって似たことをしている、という意見もあるかもしれない。たとえば2000年には循環型社会形成推進基本法が成立しているし、最近では2017年に経済産業省が中心となって水素基本戦略を、2019年には環境省中心でプラスチック資源循環戦略を策定している。だが、欧州グリーンディールと比べてどうか。何かが違うという気がしないだろうか。

おそらく日本との違いは、2050年にネットゼロを実現するという明確な目標と、それに向けて産業構造全体を転換していくという戦略的な思考、そして個々の戦略やアクションプランが相互に連携しつつ、共通の目標に収れんしていくという施策の包括性や一貫性にある。

よく、欧州はルール作りが上手いと言われる。その通りだろう。そこには3つの競争がある。ルールの中の競争、ルール作りの競争、地球環境の限界との競争である。第1の競争は個々の企業や投資家の競争である。高い目標を目指す欧州と同じ土俵に乗るかどうかが問われている。第2の競争は社会システム間の競争である。株主資本主義の限界が明らかになったとき、2つの選択肢が現れた。国家資本主義とステークホルダー資本主義である。どちらのシステムがよりよく機能し、人々を幸せにできるかが試されている。自由と民主主義を基盤にしたシステムの方がより良い社会を実現できるということを証明しなければならない。

第3の競争はいわば時間との競争である。気候変動の影響はいよいよ明確になってきた。生態系の危機も目前に迫る。脱炭素社会やサーキュラーエコノミーを実現するという欧州の試みは間に合うのか。それとも3℃、4℃の世界になってしまうのか。今はその瀬戸際である。

そう考えると、実際にEUのルールに対峙する現場の苦労を理解しつつも、EUを応援したい気持ちになる。彼らが第2、第3の競争に負けたとき、未来は悲惨なことになると思うからである。(QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛)


水口 剛(みずぐち たけし):高崎経済大学 副学長 経済学部教授、QUICK ESG研究所 特別研究員
1984年筑波大学卒業。博士(経営学:明治大学)。商社、監査法人等の勤務を経て、97年高崎経済大学経済学部講師。2008年より教授、17年より副学長。専門は責任投資、非財務情報開示。環境省・グリーンボンドに関する検討会座長、ESG金融懇談会委員等を歴任。2020年からESG金融ハイレベルパネルが設置したインパクト投資タスクフォースの座長を務める。  主な著書に『ESG投資-新しい資本主義のかたち』(日本経済新聞出版社)、 『責任ある投資-資金の流れで未来を変える』(岩波書店)、 『サステナブルファイナンスの時代-ESG/SDGsと債券市場』(金融財政事情 研究会)など。
 

<金融用語>

生物多様性とは

生物多様性とは、生きものたちの豊かな個性とつながりのことである。国際間の枠組みとしては、1992年に国連環境開発会議(UNCED)で「生物多様性条約」が採択され、日本は翌年に条約に締結。現在194の国と地域が(米は未締結)が締結している。この条約では、森林、里地里山、河川、湿原、干潟、サンゴ礁など生態系の多様性、動植物から細菌などの微生物にいたるまでの種の多様性、同じ種でも異なる遺伝子を持つことにより、形や模様、生態などに多様な個性を持つ遺伝子の多様性、という3つのレベルで多様性があるとする。

生物多様性はビジネスにも大きな影響をもたらす。それゆえ、ESG評価のEの評価において最も重視されている項目の1つである。林業、漁業、農業など多くのビジネスは、生物資源に直接依存しており、生物多様性の破壊は資源ベースへのリスクとなる。地域の環境に依存するビジネスもあり、下水処理といった生態系への配慮を実現するサービスも必要とされる。法律で保護されている区域の近くで操業するビジネスもある。広大な土地を所有・占有するビジネスも多く、生物多様性保護に貢献できる可能性を持っている。荒地の修復は貴重な生息地の創造につながることもある。

著者名

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛


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